風営法改正に対して
--表現の自由を侵害する危険の高い改正内容を問う--




 はじめに

 警察庁は、未成年者に対して有害な情報を規制するため、風俗営業法の改正を進めている。2月12日に骨子を作ったというもののその骨子自体は新聞公表もせず、3月6日に至りようやくその概要が公表された。
 これによれば、インターネット上のアダルト有料情報に関して、「映像送信型性風俗特殊営業」という分野を定め、業者の届け出、宣伝方法に関する規制、情報送信方法の規制、プロバイダーへの規制を主な内容としている。
 先ず、インターネット上の未成年者に対する有害情報の規制は大変困難な問題を数多く含む。すでにアメリカの最高裁判所では、今回の風営法改正と同様な内容を持った法律の違憲が確定している(CDA法最高裁判所違憲判決97年6月27日)。表現の自由に対する配慮を欠くという問題があった為である。
 また、現時点で、プロバイダーに対する規制は、議論の最中で、更に慎重な検討が必要な分野であり、性急な、熟慮に欠いた対処は後顧に憂いを残す事にもなる。
 今回の警察庁の法案作りの方法は、大変ユニークである。国会中心主義とでもいうのだろうか。大変速いスピードで、秘密に作製し、国会対策だけ行って、強引に通すというもののようである。確かに、議会主義の中では違法ではないかもしれないが、情報公開を避けて進めるというのは、大変大人げないし、どこかヒステリックな感じを受ける。
 我々は、インターネットにとって重要な法案は、可能な限りインターネット上に公開して、国民のコンセンサスをとりながら進めるべきであると考える。その観点からは、今回の警察庁の改正法案に関しては、方法において疑念があるとともに、その内容においておおいなる異議がある。

1 表現行為に対する過度の規制になっている

 (規制対象の不明確さその1 営業内容の不特定)

 まず、「映像送信型性風俗特殊営業」という分野を定め、その規制対象を定めるというが、対象となる映像の範囲が不明確であり、通常のビデオ販売、アイドルなどの写真集の販売といったものとの区別がつかない。また、芸術性の高い映像文化を送信する芸術家に対しても、公安員会への届け出を義務づける事になり、表現行為に対する過剰規制となる。

 (規制対象の不明確さその2 規制対象表示の不特定)

 今回の法律案要綱では、規制対象を「性的好奇心をそそる」という概念規定をしているが、これは、刑法175条の「わいせつ」概念より広範な上、青少年保護条例当の「有害図書」概念よりも広範だとの指摘もなされている。この法律案要綱では概念規定もなく、その範囲が、きわめて不明確で、表現の規制としては明らかに適格性を欠くものといえる。こうした瑕疵は、憲法学上は、「漠然性ゆえに無効」とされるべき内容と考えられる。

 以上二点からは、表現行為規制の上で重大な欠陥である「萎縮効果」(概念があいまいゆえに表現行為が萎縮してしまう危険)が生まれる事は明らかであり、憲法の保証する表現の自由を侵害するものと解される。

 (規制内容の過剰性その1 場所的規制の過剰)

 次に、広告規制をその第一とするが、その規制方法は、まず場所の制限として行うという。まず、広告規制区域等での広告宣伝等を禁止するが、インターネットでは、県境や、行政区域の境といった概念はなく、自由な情報の流通を前提とするものであり、こうした場所による制限は非現実的であり、強度の規制、全面禁止を強要するものとなる。

 (規制内容の過剰性、年齢規制の過剰)

 また規制方法の第二は、18歳未満のものに対する広告宣伝の禁止、送信の禁止である。これは、まさにアメリカで問題とされた点である。アメリカでは、結局アクセスするものが18歳であるか、否かの判断が確実に出来ない段階で、それを強要するのは宣伝全般を禁止する事になる、という理由で違憲と判断、そうした規制は無効となった。大人にとって問題はないが、未成年者だけは制限したいという方向には、受信規制という方法があり、その法法が表現行為をもっとも尊重するものであり、より制限的でなく、望ましいとされている。OECDはじめ、世界各国もこの方向を支持し、現在クリントン大統領はもっとも強くこの方向を推進している。警察庁の改正方向は、これに真っ向から対立するものである。

2 プロバイダーに過度の責任を負わせるものとなっている。

 (プロバイダーは表現責任を負うのか)

 表現行為に関する責任問題については、表現者自身の表現行為に関する責任をというのが原則である。そして、その表現行為に強く関与し、内容にわたる共同行為を行った場合には、その関与形態に従って、法的責任が問題となるというのがこれまでの共通認識である。

 ところが、この改正案は、情報提供者以外もの、すなわちプロバイダーに対しても、管理責任といったものを問うものだとされる(新聞報道)。要綱案では「その代理人」という意味不明な概念があり、これがプロバイダーと解される余地がある事は否定できない。この要綱案が、表現者だけではなく、一般にキャリアー(回線貸し)、場所貸しに過ぎないとされる電気通信業者に対して、一気に法的責任を肯定するものとなり、これまでの法律論争を否定するものでもある。この分野では最先端の米国判例にも違反し、我が国の法的責任論にも重大な変更を迫る事になる。

 我が国では、プロバイダーの性格付けも考慮しつつ、業界の自主的な検討、審議を経て、自主的なルール作りを進めてきた。有害情報の概念を巡り議論もあり、それでも尚ルール作りの議論をしている。こうした議論は、すべて18歳未満の青少年対象の問題であった。

 警察庁のこの法律要綱案は、業界が自主的に検討し、ルール作りを行ってきたこれまでの努力と、成果のすべてを無視し、否定するものとなる。

 (私的検閲を強要するものとなる)

 加えて、プロバイダーは、情報に関する検閲をしてはならない地位にある(電気通信事業法第3条)。ところが、要綱案によれば、表現者が18歳未満のものを客としないように、表現者を監視、監督する必要がある事になる。これは、私的検閲を強要するものに他ならない。

まとめ

 今回の要綱案は、更に慎重に検討され、改良されるものとは思うが、現時点での内容では、表現の自由に対する過度の規制になり、また、検閲を強要するものとなる危険があり、到底賛成できるものではない。

 更に、表現の自由に関するアメリカ連邦最高裁判所判決をはじめとする多数の違憲判決(各州最高裁判所、連邦地方裁判所等の違憲判かつ多数)を謙虚に学び、世界の趨勢を、そしてインターネットの本質を忘れないようにしてほしい。

 現時点で、この分野では、何の緊急性も生まれてはいないし、何の弊害も立証されていない事を強く指摘するものである。




平成10年3月9日
インターネット弁護士協議会
代 表 牧 野 二 郎