私人間における通信の秘密と一方当事者の同意・承諾

−通信の秘密議論の整理のために−

 

2000年7月12日  大阪弁護士会 弁護士 服 部 廣 志

要旨

 電気通信技術等の各種通信手段の開発、進化と各種電話及びパーソナルコンピューター等各種通信手段の爆発的な普及は、「通信の秘密」という問題に多角的かつ多面的な検討を要請してきている。
 「通信当事者の一方の同意・承諾等」が「通信の秘密」という問題において、どのような意味を有するかということについては、十分な議論はなされていないようにも思える。「一方当事者の同意・承諾がある場合」における「通信の秘密」という問題を検討しておくことが、通信の秘密という問題全体の検討、議論をするために必要である。
 また、本件レポートは、私人間においては「秘匿された通信」については、これの受信を拒否する自由があり、右の自由の反射的権利として、通信の一方当事者は「秘匿された通信」を追求・暴露する権利が認められるべきである、と結論づけており、興味のあるところである。



第一 問題の所在
 
一 「通信の秘密」を侵してはならないことは、憲法その他の諸法令で認められている(憲法21条、電機通信事業法等)。

二 通信の秘密については多数の論説等がなされており、その多くは「通信当事者双方の同意・承諾がない場合」を取り上げている。
 しかしながら、電気通信技術等の各種通信手段の開発、進化と各種電話及びパーソナルコンピューター等各種通信手段の爆発的な普及は、「通信の秘密」という問題に多角的かつ多面的な検討を要請せざるを得なくなってきている。
 「通信当事者双方の同意・承諾がない場合の通信の秘密」について、現在及び将来の電機通信手段の発達等に則した形で今後も議論、検討がなされる ことが必要であることは言うまでもないところであるが、他面、「通信当事 者の一方の同意・承諾等」が「通信の秘密」という問題において、どのような意味を有するかということについては、十分な議論はなされていないようにも思える。「一方当事者の同意・承諾がある場合と通信の秘密」という問題を検討しておく必要がある。
 この論点を検討しておくことが、「通信の秘密という問題」全体の検討、議論を整理をし易くするものと思う。

1 通信当事者双方の同意・承諾なくして、例えば通話の傍受等を公権力が行えば、これが憲法の保障する「通信の秘密」を侵害することとなることは当然である。
 

2 しかしながら、通信の一方の当事者の同意・承諾を得て、例えば通話の傍受等を捜査機関等の公権力が行っても、その同意・承諾をした一方当事者の相手方に対する責任はさておき、捜査機関等公権力の責任は生じないとする考えもある(関西学院大学教授平松毅・別冊ジュリストNO・130、128頁以下)。
 右の考え方は、通信当事者一方の同意・承諾がある場合には「通信の秘密を侵害してはならない」という憲法規制から、解除、解放されており、「通信の秘密の侵害という問題はない」という考え方である。
 この考え方は、後記のとおり、通信の秘密についての保護法益に関する捉え方にも問題があり、また、このように少なくとも公権力がかかわる局面についても私人間の場合と単純に同一視し、「一方当事者の同意・承諾の存在は、通信の秘密の問題から解放する、と考えること」は著しく不当であると 考える。
 後記のとおり、人類の長年にわたる流血と闘争の結果、勝ち得た表現の自由、思想良心の自由というような精神的自由権の根幹にかかわり、かつそれらの自由権を実現する手段とも言える通信の秘密の保護は、国家権力等公権力が関与する局面においては、「一方当事者の同意・承諾が存在しても、通信の秘密の問題から解放しない」と考えるべきである。何故なら、公権力が 関与する局面においても「一方当事者の同意・承諾は、通信の秘密の問題から解放する」と考えれば、通信当事者は常に通信相手の背後に存在するかも知れない公権力等に怯え、真の意味における通信の自由、そして畢竟、表現の自由、思想良心の自由の保障が危うくなる危険性があるからである。
 
 

第二 保護法益等について

 
一 通信の秘密の保護法益
  

1 通信の秘密は、憲法上表現の自由と同一条文に規定されている(憲法21条)。
 

2  右のような規定の仕方等から「通信の秘密は、隔地者間における表現の自由を保障したものとの構成も可能である」が、通信の秘密が表現の自由とは別個に保障されているのは、それが表現の自由とは異なった法益である「通話当事者間の秘密」すなわち「当事者間のプライバシーを保護すること」にある。そして、プライバシーの限界は、原則として対立する公益との比較衡量によって判断されるから、通信の秘密の限界についても、同様の判断基準が採用されるべきであることとなる」とする考え方がある(前記平松参照)。

3 「通信の秘密の保護法益」について、その直接的な保護法益に関しては「当事者間のプライバシーを保護することにある」と解して別に差し支えはないものの、通信の秘密は歴史的にみても思想良心の自由、そして表現の自由と 密接な関係を有しているものであることは明らかであり、「通信の秘密」を保障しない「思想良心の自由」及び「表現の自由」は、場合により、その手足等を剥奪されたものとなる可能性もある。「通信の秘密」は、「通信当事者 間のプライバシーを保護するものである」とし、その限界論理として「原則 として対立する公益との比較衡量によって判断される」局面があることは否定し得ないと考えられるものの、他方、これが「思想、良心の自由」及び「表現の自由」と関係する局面においては、これら精神的自由権の実現ないし表 明の根幹をなす場合もあり、このような場合における通信の秘密の限界を考 えるについては、前記の平松教授の主張するような「原則として、対立する公益との比較衡量によって判断される」というような判断基準は採用するべきではない。
 表現の自由の限界論理として一般的に妥当とされている「明白かつ現在の危険の法理ないしこれに準じた法理」が採用されるべきである(宮沢俊義・ 憲法II、有斐閣法律学全集374頁以下参照)。
 平松教授の前記理論は、「通信の秘密」という憲法上保障された権利が「思 想、良心の自由、そして表現の自由と密接な関係を有していることを軽視するもの」であり不当である。
 通信の秘密の限界論理については、「対立する公益との比較衡量によって判断される局面」と「明白かつ現在の危険の法理ないしこれに準じた法理」が適用されるべき局面」があると考えるべきである。
 勾留されている者についての刑事訴訟法81条、同法100条1項、監獄法46条、同法47条1項、同法50条、同施行規則130条、破産法19 0条のような場合は、前者の局面であるとも理解できよう。
 但し、刑事被告人の場合には後者の局面であると考えるべきである。「刑事被告人の信書の発受を差し止め、信書に抹消・削除を加えることは法の許容するところではない・・・例外として、ごく限られた範囲においては、差し止め、削除、抹消の許される場合がある。それは「明白かつ現在の危害」の理論の導入によってである。その文書をそのまま発受することを認めると、拘禁及び戒護に、明白かつ現在する危害がつくり出すような状況における通信や、そのような危害を生ずることが必至に予見される内容を持つ通信は阻止されなければならない。」(前掲宮沢375頁及び大阪地裁昭和33年8月20日判決・判例時報159号参照)。

4 「通信の秘密」の保護法益は、「通信当事者間のプライバシー」、「通信当 事者の私生活の平穏」及び「思想、良心の自由や表現の自由の手段等としての機能としての利益」等精神的自由権ないし人格権的利益をも包含するもの と考えるべきであり、その限界論理は2記載のように一律に考えるへきものではなく、少なくとも二種類の限界論理の使い分けが必要である。
 鬼頭元判事補のニセ電話事件に関する最高裁昭和56年11月20日第三小法廷決定(新聞記者による無断録音)、松江地裁昭和57年2月2日判決・判時1051号(私人による会話の無断録音)

 

第三 保護法益の放棄

 

一 憲法ないし法令により保護されている保護法益の放棄が認められるか否かは、当該「保護法益の種類、内容」と「憲法を頂点とする全法秩序が構成する公序良俗等」との関係により決せられる。
 

二 例え個人的な保護法益であったとしても、その放棄が公序良俗に反する場合には、その放棄が認められないことは論ずるまでもないことである。
 前記のとおり、思想、良心の自由、そして表現の自由と密接な関係を有している「通信の秘密」が守ろうとする保護法益に関し、「事前の包括的な放 棄」は許されるべきではない。それは、思想、良心の自由、表現の自由そして幸福追求の権利の放棄へと結びつき、人類が「流血と戦いにより確保」してきた「天賦の人権」の放棄へとつらなっていく危険性があるからである。

 

三 通信の秘密の放棄は、「個別的かつ具体的な放棄」のみが許されるものと考えるべきであり、その要件は、「事前の放棄の場合には厳格に」、「事後の 放棄の場合には、事前の放棄と比較して、緩やかに」認められることとなる。
 

四 事後的な一方当事者の同意・承諾  

1 通信の秘密に関する通信の一方当事者の同意・承諾、保護法益の放棄については、「事後の個別的かつ具体的な同意・承諾がある場合」と「事前の同意・承諾がある場合」とに分けて論じる必要がある。
 

2 「事前の同意・承諾がある場合」については、それがどのような方法で、かつどのような内容のものを放棄するのか、という点で重大な問題があり、この「特定性」の問題は、通信傍受法等の関係でも議論されており、その議 論と密接に関係することから、右の議論の場にゆずることとする。
 

3 ここで、論じるのは「事後の、個別的かつ具体的な同意・承諾がある場合」である。
 

4 通信の秘密について、通信がなされた後に「誰が」、「誰に対し」、「何時」、「何処から」、「どのような方法で」、「どのような内容の」通信をしたかということは、基本的には通信の両当事者に把握されている事項である。
 もとより、その全てが両当事者に把握されるわけではない。例えば発信者が自らを匿名にしたような場合、またプロキシというような方法を使用したような場合である。これは、「通信の秘密」とも言えるものの、通信の秘密である前に、「当該通信自体の秘匿性の問題」であるとも言える。
 

5 このような通信がなされた後に、「誰が」、「誰に対し」、「何時」、「何処から」、 「どのような方法で」、「どのような内容の」通信をしたかということは、基本的には「当事者のプライハジー」の問題と把握することが可能であり、一方当事者が、そのプライバシーを放棄することは認められてよい。
 従って、このような「事後の、個別的かつ具体的な同意・承諾がある場合」の保護法益の放棄は有効であり、「通信の秘密の侵害という問題ではない」と考えることが可能である。
 

6 では、通信の一方当事者に秘匿された「通信の秘匿性」の探求、暴露をどう考えるべきであろうか。
 前記のとおり、「人類が、流血と戦いにより確保してきた」表現の自由、思想良心の自由、幸福追求の権利の歴史を考えると、国家権力等公権力と の関係においては、この「秘匿された通信自体の内容」も「通信の秘密」として厳に保護されるべきであることには異論はなかろうと思われる。
 問題は、私人間においても、前記のような対公権力の場合と同様の議論となるのだろうか、という点である。
 私人間における通信においては、受信者は「秘匿性を有する通信」については、これの「受信を拒否する自由と権利」を有しているものと考えるべき である。このような自由と権利を侵すような形で通信された「秘匿性のある 通信」については、受信者は、右の自由と権利の回復措置として、その「秘匿性を暴く自由と権利」を有しているものと考えるべきである。
       

7 このように考えることができるとしたら、私人間の通信において、受信者自らが、また当該受信者の依頼を受けた通信業者が秘匿された通信について、受信者の前記自由と権利の行使として、「秘匿内容」について、これを探求、暴露することは「通信の秘密を侵害しない」ということとなるように思える。

 

第四 レポート総括
 

一 本レポートの記載内容は、もとより検討不十分である。
 しかし、ながら、本レポートが整理したことを参考として、議論がなされること期待をするものである。  

二 通信の秘密という問題を論じるにあたっては、以下のような整理が有用であると思われる。  

1 通信当事者一方ないし双方の同意・承諾の有無
 イ 事前の同意・承諾か、事後の同意・承諾か
 ロ 包括的な同意か個別具体的な同意・承諾か
2 保護法益の放棄が許される場合か否か
3 検討局面
 イ 「秘匿された通信の暴露の問題」か
 ロ 「狭義の意味の通信の秘密の問題」か
4 「秘匿通信の受信を拒否する自由と権利」の回復権利としての
 「秘匿性を暴く自由と権利」の正当性
5 私人間の問題か、公権力等との関係か

 

以    上