インターネット弁護士協議会
 判例落ち穂拾い
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第1回
平成 5年(ワ)第73号  判決へ
昭和63年(モ)第122号 決定へ

 第2回は、免責決定に対する即時抗告事件に関する事実誤認の事例です。

 債権者の丸山保太郎さんは、福岡県久留米市で印刷機器の販売業を営んでいます。

かつて、ある印刷業者の依頼で60通の手形を振り出し、印刷業者はこれを金融業者に持ち込んで割引いて運転資金を得ておりました。合計約3500万円の手形を振り出して運転資金を無利息で融通していたところ、印刷業者は放漫経営の果てに、福岡地方裁判所大牟田支部(以下「大牟田支部」と云います)に自己破産を申し立て、破産宣告を受けました。

その後破産者が免責を申し立てたため、丸山さんは、破産犯罪に該るべき行為があるなど免責不許可事由があると考えて、他の債権者と共に免責の申立に対し異議を申し立てました。しかし、破産者は、審尋手続において、「(高利で借りたのは)―丸山保太郎―(など)の18名の方です。利率は日歩10銭前後でした」、「(帳簿を破棄するよう頼んだのは)―丸山太郎(など)の12名の方です」などと嘘を供述したり、「(丸山さんが)執拗に直接取立行為を繰り返し」たなどと嘘の上申書を提出したため、大牟田支部は、一方で、「破産者には、破産法366条の9第1号に該当する事由があることは明らかであ」り、「同2号に該当する事実があったと推認され」るとしながら、他方で「免責を全面的に不許可とすべき程まで著しく不誠実であったとはいえ」ないとして、元金の1.5%を除き免責しました。

そこで、破産者と丸山さんの双方が抗告しましたところ、福岡高裁(以下「高裁」と云います)は、丸山さんが「日歩10銭程度の金利で融通手形の割引に応じて融資をしていた」、丸山さんは「市中の金融業者」である、「破産者が利息の支払を記載した補助簿を焼却したのは高利の発覚をおそれた丸山保太郎らの依頼によるものである」などと認定説示して、破産者を全面的に免責し丸山さんの抗告を棄却する旨の決定を出しました。

 丸山さんは、高裁決定が事実誤認に陥って丸山さんの名誉を傷つけたことを深く憤り、その不当性を裁判所に認めさせるため自ら法律を勉強して、最高裁判所に特別抗告を申し立てましたが却下され(尤も、この点は、法律上やむをえません)、その後、大牟田支部に免責取消の申立をし(尤も、破産者の虚偽の陳述を理由とする免責取消の申立ができるかどうかは問題です)、更に高裁に抗告するなど、最初の異議の申立を含めて5回に渉り免責の不当性を主張しましたがいずれも認容されませんでした。

そこで、それまでの方針を転換し、破産者が免責審尋において述べるなどし、これに基づき高裁が認定した虚偽の事実が名誉毀損に該当するとして福岡地方裁判所久留米支部(以下「久留米支部」と云います)に対して損害賠償請求事件を提起したところ、同支部はほぼ全面的に丸山さんの主張を認めたものです。

その後、破産者が控訴したのですが、高裁において、実質的に原判決を維持する趣旨の和解が成立しました。

久留米支部の判決によれば、破産者は、免責申立の審尋の際の供述や上申書の記載が事実でないことを大筋で認める旨の供述をしたとのことです。

更に、丸山さんが、@印刷機器の販売を業としていることは当事者間に争いがなく、A金融業者ではないこと、B金利を受領したことはないこと、C帳簿を破棄するよう頼んだことはないこと、D債権を強引かつ執拗に取り立てようとしたことはなかったことをそれぞれ認定しています。

同時に、久留米支部判決は、E破産者が免責審尋において故意に事実と異なることを供述するなどした結果高裁が事実誤認をした旨を認定しています。

好意で資金融通に応じた丸山さんが、破産者もそこまでは言っていないのに、高裁の説示では「市中の金融業者」にされてしまったことが丸山さんの憤りの根本原因です。高利貸しでないことは丸山さんが一番良く知っている事実ですから当然のことです。仮に一連の事実誤認がなければ、免責を許可する決定が下りても丸山さんの怒りはこれ程までにはならなかったかも知れません。

破産者が嘘をついたのは、本件のような場合、嘘に罰が科されないことも一因だと思われますが、破産者が苦し紛れに嘘をついて責任逃れを図るのはありがちなことです。問題は、その嘘を高裁が見破れなかったことです。その原因は、第1に、破産管財人の調査は、破産者本人からの事情聴取に止まり、異議申立債権者からの反面調査は皆無と言ってよいのが実状であること、第2に、破産法上、破産管財人には、免責不許可事由の存否に関する特別の調査権限―例えば第3者機関に対する照会の権限が与えられていないこと、第3に、免責不許可事由の存否に関する裁判所の調査は職権で行われることになっていますが、書面重視の枠に縛られており、裁判官の面前において異議申立債権者の主導で破産者の嘘を冷静かつ批判的に質す場となっていないこと、第4に、高裁における抗告手続においても同様の欠陥があることなどを指摘できます。因みに、丸山さんがまとめられた後記事件経過表によれば、高裁は、自ら審尋(旧民訴419条、新民訴335条)は行わず、概ね大牟田支部の記録に基づいて事実認定を行ったようです。

要するに、裁判官の面前で破産者と異議申立債権者の言い分を柔軟に交換させつつ、異議申立債権者に対して必要性の浮上した証拠の提出を促したり、場合によっては、裁判所自ら証拠を収集するなどして多面的に検討を加えて真相を見極めていく動的かつ積極的な手続構造ではないのです。

後記事件経過によって一連の手続の流れを見て頂くと、殆ど当事者側から個別に提出された書面に基づく、いわば受動的な情報を前提に事実認定が行われている様子が窺われます。情報の流れとして考えた場合、当事者双方があり、その上に裁判所がありますから、3角形を作って情報に往復を入れると、6本の矢印で描くことができます。これを水平的な情報の流れとしますと、理想的には、裁判所は6本の水平的な情報の交換を直接体験することが可能です。しかし、本件の手続では、水平的な情報の流れとしては、破産者から裁判所に向けて書面情報の流れ1本と異議申立債権者から裁判所に向けてもう1本の書面情報の流れを体験することができただけではないかと思われます。尤も、審尋期日は、1回実施されておりますが、おそらくそれまでの書面情報によって得られた心証を確認する域を出なかったと思われます。

更に問題は、いわば垂直的な情報の流れが滞っているのではないかという疑問です。当事者によって交換される意見によって形成された争点に裁判所が意識的に立ち入って調査することは全くなされていないのではないかと云うことです。

職権調査とは云いながら、実は、何も調査していない可能性が高いのです。家庭裁判所の調査官であれば、自ら進んで現地に出かけて当事者や関係する第3者に直接疑問点を質したり、資料を集めたりしますが、裁判官のする調査とは、自らは何もしないことが前提です。その結果、破産管財人の報告書と当事者の言い分だけで「事実認定」することを「職権調査」と形容しているだけではないかと思われます。

なお悪いことに、後記事件経過表のとおり、丸山さんは破産管財人に面会を求め実情を訴えようと試みたのですが、何故か破産管財人は、丸山さんの面会要請を拒絶したとのことです。破産管財人は、本来債権者の利益を守る側に立つべきですから、この対応にはかなり問題があったと推測されます。そのため、破産管財人の作成した報告書は、破産者だけから得られた情報に基づいて作成された可能性が高いと思われます。

この点について、山内八郎岡山地方裁判所民事主席書記官(当時)は、「破産免責の実務的研究(下)」・判例タイムズ501号38頁以下において、「異議申立があれば一種の対審的形態が生ずるわけであるから、期日外で申立があった場合は、期日を定め、破産者と異議申立人の双方対席の上、互いに攻撃防御を尽くさせるのが適切である」、「異議権は債権者に対する防御のための手続保障であり、免責許可の裁判に対する抗告権を有するのであるから、異議を貫徹するためには挙証の権利が認められてしかるべきである」と述べております。

しかし、現実には、このような調査手続は採用されなかったため、裁判官の頭の中では、真実の情報と虚偽の情報とを互いにぶつけ合わせて、水平的、垂直的に検討を加えながら虚偽の情報を排除して事実に迫るプロセスを経ることができなかったことになりますから、結果的に嘘と事実とが入れ替わってしまったのではないかと思われます。

更に、丸山さんによれば、免責に異議を申し立てた債権者は、初めの段階では十数名あったとのことですが、大牟田支部書記官の関与により代表者として2名に絞り込まれたのに、その経過が高裁には伝達されなかったようです。おそらくそのために高裁では恰も他の債権者は免責に不満がないものと認定されました。これが事実だとすると書記官が関与した内容と結果について記録に残して高裁に伝達すべきであったと考えられます。

尤も、破産者が丸山さんから暴利を貪られたのが真実であれば、破産者は、管財人の債権認否に関する予備調査に当たりその旨を述べる筈ですから、その場合には管財人は通常であれば丸山さんが届け出た債権につき利息制限法違反を理由に異議を述べると思われます。しかし、高裁の認定では管財人は丸山さんの届出債権を全額異議なく認めています。管財人が異議なく認めたのであれば、破産者自身も異議なく認めた筈ですから、破産者が免責審尋の期日において「利率は日歩10銭前後」などと供述したことに疑問が生ずる余地がありますが、高裁決定はその点には触れていません。

 免責制度は、誠実な破産者を再起させるためには不可欠ですが、異議を排斥して免責を許す場合には、善良な債権者がやむを得ないと諦められるだけの合理的な説明が望ましいと思われます。本件では、その説明が破産者の嘘を採用した事実無根の内容であったため、丸山さんの名誉を著しく侵害し、一層深刻な打撃を与えました。

仮に、高裁決定にこれらの事実誤認がなかったとすると、同決定書は、他の部分で「破産者のこれらの行為は、破産法366条の9第1、2号所定の免責不許可事由に当たることが窺われる」とも述べていますので、結論が異なった可能性もあります。

万一事実誤認の結果、不誠実な破産者の責任逃れを許すような事態を招けば、真の被害者である善良な債権者を更に加害する結果になります。裁判所が経営倫理喪失の果てに破綻を来した不誠実な破産者の嘘に惑わされて、これに対して究極の免罪符を与えるような事態は、裁判所に対する国民の信頼を損なわないためにも避ける必要があります。

ただ、本件の場合、図式的に云うと、破産者は、丸山さんら善良な債権者との関係では加害者ですが、高利貸しとの関係では被害者であると云うこともできます。特定の債権者についてのみ免責不許可とすることはできませんから、丸山さんら善良な債権者を重視して免責不許可とすれば、高利貸しの債権も免責不許可となり、逆に高利貸しの債権を重視して免責許可とすれば、丸山さんらの債権も免責されることになり、結論がどちらになっても社会的な妥当性には疑問が残ります。それぞれ比較すると、免責不許可の場合は、高利貸しに対しては利息制限法違反を理由に対抗手段を講ずる余地がありますが、免責許可の場合は、善良な債権者の受けた被害回復の方法がないとすると、免責不許可とするのが比較的妥当だと云うことになるのかも知れません。

この問題は別として、本件のような事実誤認の事例が存在することは、現行免責手続きには少なくとも運用において改善を要する点があることを示していると思われます。

 丸山さんは、この破産に巻き込まれ、破産者の手を通して割引に回された多額の手形の返済に迫られ、ご家族共に深刻な打撃を受けました。

 丸山さんが殆どご自分だけの力で種々の申立をされ、久留米支部の判決によって名誉を回復されるに至るまでの経過は、一部法律的に誤解もありますが、法律関係者として、重く受け止めるべきであると思います。
(文責・平井)


新聞記事  1998年10月24日(土曜日)読売新聞、朝刊、九州版

久留米の印刷業者 「高利貸業者と誤認」

 破産手続きで裁判所に「高利金融業者」と誤認され、正当な債権支払い請求権を奪われたとして、福岡県久留米市諏訪野町、印刷組版業丸山保太郎さん(63)が、国会の裁判官追訴委員会に対し、担当した裁判官計十三人のうち、退官者を除く三人の罷免を請求したことが二十三日、分かった。破産した同業者に対する損害賠償訴訟では、丸山さん勝訴の形で和解が成立しており、請求に踏み切った。

 訴追請求などによると、同県大牟田市の同業者が一九八四年に自己破産した際、丸山さんは三千四百八十万円を約束手形で融資しており、債権者だった。

 同業者が債権免責を申請したため、福岡地裁大牟田支部に異議を申し立てたが 、同支部は免責を認めた。

 福岡高裁に抗告したものの、「高利の日歩十銭で手形割引して融資した」などと、同業者の主張が認められた。最高裁も特別抗告を却下し、免責の取り消し 請求訴訟も敗訴した。

 一方、損害賠償訴訟で、福岡地裁久留米支部は九三年十二月、同業者が丸山さんの名誉を棄損したとして、十万円の賠償を命令。高裁で九四年四月、同業者が「十万円を支払い、謝罪する」との内容で和解した。破産手続きなどの事実認定を覆す結果となったため、福岡法務局に人権侵犯救済を申請したが、司法権の独立を理由に受理されなかった。

 丸山さんは「和解から四年以上たったが、司法に裏切られた悔しさを晴らすために請求した。追訴委員会で真正面から審理してほしい」と話している。


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